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2008年07月21日(Mon)▲ページの先頭へ
セルボ

セルボ(CERVO)とは、スズキが製造・販売する軽自動車である。

新車購入と値引き

概要
元々は2ドアのボディを持つ、パーソナル・ユーズをコンセプトとした軽スペシャルティカー(のちの車種ではこのコンセプトも見直される)。

後のモデルではアルトの姉妹車と捉えられることが多いが、系譜上はフロンテクーペを始祖とする。


歴史

第1シリーズ
フロンテ・クーペの後継・規格拡大型として発売されたグループである。「軽自動車のクーペ」として、アルトやフロンテとは異なるジャンルの車種であった。


初代(1977年-1982年)
SS20型

1977年、360ccの旧規格によるスポーツカー、フロンテクーペの製造中止から数年を経てコンセプトを見直した上で、女性向けの軽スペシャルティカーとして550ccの新軽規格車としてセルボが誕生。
デザインはフロンテ・クーペの意匠を踏襲している。
ヘッドライトは女性ドライバーを意識して角型から丸型に変更、フォグランプは逆に丸から角になり、フロントグリル内に移動、パンパーの大型化、フェンダーミラーがタルボ型からスクエアなデザインに、リアウインドウがハメ殺しからガラスハッチへ変更など、大きく手が入れられた。デザインはよくカースタイリングの第一人者ジョルジェット・ジウジアーロによるものに、スズキ社内デザインチームにより手が加えられていると言われているが、事実としてはジウジアーロが元々手がけたのはフロンテ・バンに近いものだったようで、フロンテ・クーペとこのセルボは、スズキ・オリジナルデザインだったというのが真相のようである。
エンジンは、水冷2ストローク3気筒539ccを後部に搭載した、リアエンジン・リアドライブ駆動となっている。
最高出力はグロスで28馬力と数値的には物足りないが、2サイクル3気筒特有の滑らかさと、低めのギアリングの組み合わせで加速に不満は無く、また、二名乗車時、4速、25km/hでノン・スナッチで走ることができるばかりか、緩慢ながらもそこから加速もできるほどのフレキシビリティーを持ち合わせている。このギアリングは良く考えられたもので、常用域でのピックアップの良さは、快活な走りを楽しむには好都合であるが、オーバーオール レシオはさすがに低いため、当然、高速巡航では勢い高回転を多用することなり、高回転時の騒音レベルは高い。 騒音の低減と省燃費のためにも、もう一速、オーバードライブギアを、と望む声は当時から高かった。
ドライブポジションは非常に低く、フロントボンネットの中ほどまで脚を投げ出すというスポーツカー的な運転姿勢であり、基本的に2人乗りという考えで設計されていた[1]のでフロントは広く、全高が1210mmという、フェラーリなどと並ぶ屋根の低さでありながら、それほどの窮屈感は二名乗車では感じられなかった。
当時、軽自動車市場は税制面で優遇されていた初代アルトに代表される、ボンネットバンタイプに人気が集中していたことから、セルボは販売面で成功したとは言い難く、フロンテ・クーペがミニ・スポーツをコンセプトとしたのに対し、このセルボは女性をターゲットとしたパーソナルクーペへと路線変更されている。そのためにグレードはCX-G、CX-L、CXの3種類が存在し、CX-Gのみはフロントディスクブレーキを持つスポーツグレードであったがCX-LとCXは全輪ドラムブレーキであった。CX-LのLはLadies仕様を指しており、サンバイザーの裏にはバニティミラーがついていた。また室内色もCX-Gの黒に比べ、CX-Lはクリーム色となっていた。(CXは廉価仕様)
トランスミッションは4速マニュアルのみ、サスペンションは4輪独立懸架を採用しているが、低いシルエットを実現するためにそのストロークは短くされ、乗り心地はお世辞にも良いとはとてもいえない。CX-Gのインパネは、真のスポーツミニと言われたフロンテ・クーペ同様、時計を含め丸型6連メーターが壮観な70年代調のものである[2]。
海外(主にヨーロッパ)へは4ストローク1000ccエンジンを搭載した、SC100型と呼ばれる車種が輸出され、イギリスでは「ウィズキッド(WHIZZKID)」という名称で販売されていた。ただし、このモデルはエンジン以外もセルボとは異なり、ヘッドライトはフロンテ・クーペと同じ角型、などセルボというよりは1000ccエンジンを積んだフロンテ・クーペに近い。
現在でも熱狂的なファンがおり、個体によっては新車当時の価格[3]で売買されている。
1978年、マイナーチェンジを受け、前期モデルではハイバック型だったフロントシートがヘッドレスト分離型になるなどの小変更はあったが、外観的には大きな変更は無く、基本的な成り立ちは最後まで変更されないまま、後継となるモデルも現れることはなかった。結果としてセルボは、5ナンバー最後の2サイクルエンジン車となった。
SS20のエンジン「LJ50」は、日本では四輪車用2サイクルエンジンの傑作であると同時に、その最後を飾るものとなった。最後に搭載したのはSJ30ジムニー。1988年国内向け生産終了。

2代目(1982年-1988年)
SS40型

1982年、フルモデルチェンジにより2代目に移行。それと共にRRからFFへと変化した。生産性を高めるために、かなりの部品やシャシー[4]についてフロンテやアルトとの共用化がなされた。型式もフロンテと共通のSS40型となっているが、アルトのSS40V(バン)型に対し、SS40C(クーペ)型と区別されることもある。スタイリングは先代の2ドア+グラスハッチのスタイルを受け継ぎ、より女性をターゲットとしたモデルとなった。太いBピラーが特徴である。
この部品の共通化により、名前こそ同じではあるが、「パーソナルクーペ」という共通項を除いては全く先代と別の車である。 車種は先代とは異なり4ストロークエンジンを搭載した前輪駆動となる。またリアーサスペンションはアルトから派生したモデルであるためにリーフリジッドが使われていた。
派生モデルとしてピックアップトラックのマイティボーイもあった。マイティ・ボーイは合法的に発売された[5]2シーター車という意味あいもあった。なお、レディースオーナーへの対応の意味もあるのか、このモデルから2速オートマチックも採用される。
1983年にはスズキで初めてのターボモデルの「CT-G」も追加された。この車種はダミーのエアーインテークをボンネット上に持っていた。また、軽自動車で初めてドアミラーが装着された車でもある。




3代目(1988年-1990年)
CG72V / CH72V型

1988年、フルモデルチェンジにより3代目に移行。同時に4ナンバーの軽ボンネットバンのみの設定となる。引き続き女性ユーザーに訴求するモデルであり、愛称は「横丁小町」となる。
2代目セルボはボンネットバンが主流であった当時としてはなかなかの成功を得ていたが、同コンセプトでありながらボンネットバンのダイハツ・リーザの登場によって販売台数が押され気味であった。
2代目アルトをベースとして主にボディの後部を大幅に変更したモデルであり、「ウェービールック」と名づけられた、うねるルーフ形状が異彩を放つ。当モデルはCピラーが極太になっており、その付け根に「小さな翼」をイメージしたスポイラーを装備していた。ダイハツ・リーザが実用性を無視したコンセプトであったのに対し、3代目セルボは後部座席からトランクルームにかけて収納スペースを多く設けることで、実用性の高さをアピールしていた。ルーフ前半はグラストップとなっており、よりスペシャリティであることを強調している。またこのモデルは、女性バイクチームの「チームアンジェラ」がサファリラリーにエントリーし、見事クラス優勝を成し遂げている。
エンジンは、3代目アルトに先行して搭載された新開発F5B型550ccの直列3気筒SOHC12バルブを搭載し、最高出力は40馬力。アルトと共通のシングルキャブレター式の3気筒SOHCエンジンであるが、車重はこちらの方が軽く、必要十分な動力性能を持つ。駆動方式は前輪駆動とパートタイム四輪駆動の2種類で、四輪駆動は5MTのみだが前輪駆動には他にロックアップ機構の3速ATが存在した。
グレードの設定は無く、廉価版や豪華版の区別も無い代わりに、AMラジオ、フォグランプ、リアワイパー、運転席シートリフター等、アルトや先代のセルボではオプションパーツ扱いや一部グレードにしか装備されなかったものが標準装備となっている。特別仕様車としてメーカ側が選んだオプションパーツを装備して発売した「ごきげんパック」には世界初の電動パワーステアリングや、Cピラーにダイヤトーン製スピーカーが装備されていた。
発売当初はその独特のスタイルにより話題を集めていたが、ターボモデルが無い事や、Cピラーの拡大とウエッジシェイプのボディラインによってリアウィンドウが小さくなった事による後方視界の悪さ、また女性ユーザーをターゲットしているにもかかわらず、内装がスパルタンである事など、コンセプトが今一つ分かりにくいという面もあり、販売台数は伸びなかった。
1990年、軽自動車の規格変更に伴って、5ナンバーのセルボモードに後を託して生産終了となった。




第2シリーズ
セルボ・モード。年表上は連続しているように見えるが、実際には3代目セルボからセルボ・モード発売までの間には数ヶ月のブランクがある。車体のジャンルはオーソドックスな2BOX軽セダンとされた。アルトの上位モデルとしての登場、また、1989年にスバルが果たした軽4気筒化に触発されての、4気筒用モデルという位置づけであった。


1990年6月、従来のクーペボディーを捨て、軽自動車の規格変更に伴い660ccに拡大されたエンジンとハッチバックボディを持つ、「セルボモード」へと移行した。このモデルから4ナンバー扱いのバンであったセルボは再度、乗用車専用(5ナンバー)モデルとなった。また、このモデルは乗用車となったアルト[6]のハイクオリティー仕様(豪華仕様もしくはプレミアム仕様)というコンセプトである。
エクステリア&インテリアは、効率重視ではなく余裕や遊びを感じさせる一クラス上のデザインと素材を採用していた。また、丸みを帯びた優しいデザインとは裏腹に、当時のホットモデル、アルトワークスの足回りに、軽自動車として初となる直列4気筒[7]DOHC16バルブインタークーラーターボ&ピレリP700を搭載するモデルSR-Fourも登場した。当初は3ドアのみの販売であった。
ただしこのモデルは、ヨーロッパでは1000ccエンジンを搭載して「アルト」の名前で発売されていた。スズキのインドにおける合弁会社(後に子会社)マルチ・ウドヨグでは「ゼン」の名前で生産・販売が行われていた。
1990年11月、5ドア追加。CMには当時まだ若手俳優であった織田裕二を起用し人気を博す。
しかし、販売の方は苦戦を強いられる。セルボの復活自体がスバル・レックスの4気筒化に触発されての4気筒用モデルとしての投入だったが、F6Bは3気筒のF6Aに比べて燃費やアクセルレスポンス等が悪く(理由はレックスの項にて)、一方でEN07を搭載するレックス660 → スバル・ヴィヴィオには一日の長があったことから、スバルユーザーの獲得や、新たなユーザー層の開拓には事実上失敗した。
1995年、マイナーチェンジ。ホイールのPCDがこれまでの114.3mmから100mmに変更になる。同時にエクステリアデザインだけでなくインパネを含むインテリアデザインも大幅に変更される。
後にスバル・ヴィヴィオビストロを発端とするレトロスタイルブームに便乗し、対抗する形でクラシック仕様のセルボCを追加するなど、軽自動車のラインナップの多様化に伴い、大きなモデルチェンジを受けることなく長らく製造され、後に大ヒットとなったワゴンRにも、セルボモードのシャーシが流用されている。
1998年10月、軽自動車規格改正に伴う車種再編が行われ、セルボモードはアルトとカテゴリ的に重複する事もあり、カプチーノと共に統廃合の対象となり、生産を終了した。実質的な後継車種はSUV風コンセプトの軽乗用車「Kei」である。なお、クラシック仕様のセルボCは1999年に発売されたアルトCに引き継がれた。


第3シリーズ
4代目の生産終了以来、8年の歳月を経て、車名復活となった。ジャンルとしては、フロンテ・クーペや初代セルボに通じるところがあるが、パッキング性能(荷物の載せやすさ)を意識している。


5代目(2006年-)
HG21S型

2006年11月7日、8年ぶりに名前が途絶えていた「セルボ」が復活した。現行アルト等の機構部を踏襲しつつ、円弧をモチーフとした動感あるデザインで個性を演出している。全車5ドアのみ。セルボの名を付けるものの、実際には初代MRワゴンの後継と見る向きも多い。これは現行モデル開発時に「女性ユーザー向けにMRワゴン、男性ユーザー向けにセルボ」と性格を分けたためで、先代MRワゴンのワンモーションフォルムをこのセルボが受け継いだ格好になった。上級グレード車はBluetoothを用いた携帯電話のハンズフリーシステムを標準で備える。また、MRワゴンと同様にキーレススタート機能を有する。
このモデルの発売時にKeiの生産中止の情報があったが、今回発売されるモデルはKeiの後継ではない為、発売後もKeiの生産・発売は当面続けられる。
MRワゴンと同様に、2006年11月には日産自動車へOEM供給される情報が日本工業新聞等で流れたが、結果として誤報となっている。また、マツダへのOEM供給も現在のところ予定はない。
2007年度のグッドデザイン賞を受賞している。
2007年10月16日 - 直接噴射式ターボエンジンと7速マニュアルモード付きCVTを搭載[8]したスポーツグレード「SR」を追加。既存グレードについても、エンジンマウントの液状化、サスペンション改良、ボディーカラー追加などのマイナーチェンジを実施。

MRワゴン

MRワゴンは、スズキで生産されている軽トールワゴンである。日産自動車にはモコとしてOEM供給されている。


概要
エンジンは40kW(54馬力)の自然吸気VVT(可変バルブタイミング機構)付エンジンのほか、扱いやすさを重視した44kW(60馬力)のMターボエンジンとなる。エンジン形式は自然吸気がDBA-MF22S、ターボがCBA-MF22S。

トランスミッションは全車4ATになる。シフトレバーは初代がコラムシフト、2代目がインパネシフトである。

新車購入と値引き
値引きの相場

歴史

初代(2001年 - 2006年)
初代スズキ・MRワゴン

2001年12月4日 - 初代発売。トヨタ・エスティマのようなモノフォルムの外観が特徴だった。
2002年6月 - スポーツが追加される。
2004年2月 - マイナーチェンジ。内外装の改良。なお、盤面発光式メーターは廃止。
2004年8月 - MRワゴンカーシェアリング専用車を受注生産で発売。個人識別用のICカード読取機などを搭載する。
2004年12月 - 燃料電池自動車「MRワゴンFCV」国土交通大臣認定。2005年度より公道走行試験開始。
インドのマルチ・ウドヨグでは1100ccエンジンを搭載したモデルがゼン(ZEN)の名で現地生産されており、MRワゴンにはない5速MT車が設定されている。



2代目(2006年 - )
2代目スズキ・MRワゴン

2005年 - 第39回東京モーターショーでマムズ・パーソナルワゴン MRワゴンコンセプトの名で展示。
2006年1月20日 - 2代目発売。スズキからOEMされている日産・モコも2月1日にモデルチェンジされた。この2代目よりキーレススタート機能が搭載される。
2006年9月4日 - エアロパーツなどのスタイリッシュな装備を施した特別仕様車"XSリミテッド"をリリース。
2006年12月 - エアロパーツなどを装備したWit追加。

2008年04月17日(Thu)▲ページの先頭へ
スイフトの概要と新車値引きや中古車情報

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スイフト(SWIFT)は、スズキの小型ハッチバック型自動車である。
スイフトの値引き情報

概要
初代はKeiのプラットフォームを用いた廉価な小型車という事を強調した販売がされたが、2代目は世界市場での販売(特に欧州)を前提に車台を時間をかけ一から作り、クルマの基本である「走る・曲がる・止まる」をしっかり作り込んだ車種として高い評価を得ている。

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初代からジュニアWRCに参戦しており、ジュニアWRC参戦車をイメージしたホットハッチ、スイフトスポーツも高い評価を得ている。


初代は日本国外ではイグニス(IGNIS)の名前で販売されていたが、2代目は名称がスイフトに統一されている。





歴史



初代(2000年-2006年)

2000年2月9日初代スイフト発売。同社の軽自動車KeiをベースにしたSUV調の小型車として登場。2001年から参戦したJWRCのベース車両としても使われた(輸出モデル名であるイグニスにて参戦)。日本ではモデル後半から「泣く子も黙る79万円」や「泣く子も笑う79万円」(税抜車両本体価格)などのキャッチフレーズの下、他のコンパクトカーはおろか一般的な軽自動車をも下回る価格をウリに販売が行われた。「79万円」のグレード「SE-Z」に関しては2代目発売以降も2006年3月まで併売されていた。日本ではエンジンは65kW(88馬力)を発生する1300cc自然吸気ガソリンエンジンが搭載されるが、ヨーロッパでは他メーカーから供給を受けたディーゼルエンジンも搭載された。 なおこのモデルはパトカーとして全国的に導入されており町中の交番にて、トヨタ・プラッツと共に頻繁に見かける。 警察車両として導入された理由としては室内が広くて荷物もある程度積載できるからという理由からである。





2代目(2004年-)

2004年11月1日2代目スイフト発売。スズキの世界戦略車として開発された。基本コンセプトは先代と同様で、走行性能の高さと低価格をアピールするが、発売のおよそ2年前という早い時期からショーモデルを公開してデザインを洗練させるなど、内外装の質感は初代と比べて格段に向上した。



これまでスズキの普通車に対する評価は決して高くなく、コストダウンの巧みさのみが注目されるケースも多かった(初代スイフトなどはその代表格と言える)。しかし2代目スイフトでは、足回りにヨーロッパ車的な味付けがされ、ボディ剛性は標準車でもスイフトスポーツと同等にするなど、走行性能を重視した方向性を打ち出した。



この結果、居住性・積載性向上を重視する多くの同クラス車とは一線を画す物となり、2006年次RJCカー・オブ・ザ・イヤーを受賞したほか、2005‐2006日本カー・オブ・ザ・イヤーの特別賞"Most Fun"、同社の3代目エスクードと共にグッドデザイン賞を受賞するなど高い評価を得ている。



また、初代ではSUV調に仕上げたため最低地上高を高めにとってあったが、2代目では一般的なコンパクトカー並となった。こうした点から、スイフトの2代目というよりはカルタスの後継車と言えるかもしれない。



国内仕様では全グレードでイモビライザーが標準装備される。エンジンは1300ccと1500ccの二種で、それぞれ4WD仕様車も設定。トランスミッションは5速MT(1300ccモデルのみ)と4速ATが用意される。





広告キャラクターには稲本潤一、クリスティアーノ・ロナウド(ヨーロッパのみ)、CMソングにはビッグ・ソウルの「ファンキー・ベイビー」、「凱旋行進曲」のCM用アレンジバージョンを経て現在はFLOWの「Around The World」を起用。





日本国外では、2004年中にハンガリー(マジャールスズキ)で、2005年5月にはインド(マルチ・ウドヨグ)及び中国(長安スズキ)での生産が始まった。中国名は【雨燕】。





スイフトスポーツ



初代

2003年6月12日にはスイフトスポーツが発売される。エアロパーツ等で見た目のみを「スポーツ」にしたモデルとは違い、オーバーフェンダーを含むエアロパーツやレカロシート、専用チューニングをした85kW(115馬力)を発生する1500cc自然吸気エンジンが搭載されるなど本格的なスポーツモデルにも関わらず、税別119万円という他のコンパクトカーの標準グレードとさほど変わらないバーゲンプライスであった。また、コストアップを極力抑えようと、グレード設定は5速MTのみであり、オーディオレス設定。インテリアについてもスピードメーターが240km/hスケールになる程度と、標準グレードとの違いは少ない。スイフトスポーツも2代目発売以降も当面は併売されていたが、2005年9月に2代目のスイフトスポーツが発売されたため販売を終了した。





2代目

2005年9月に追加されたスイフトスポーツは、エンジンがジュニアWRCと同排気量の1600ccになり、トランスミッションも初代の5速MTのみから4速ATも選べるようになった。初代は3ドアのみの設定だったが、今回は5ドアのみの設定となっている。ちなみに欧州では3ドアのラインナップも存在する。 エンジンは初代同様専用チューニングを受け、2本出しのマフラーにするためにフロアを専用設計(そのためスペアタイヤは未装着、パンク修理キットを装備)し、ダンパーはテネコ社<モンロー>(欧州仕様のスイフトは標準車もテネコのダンパーを使っている)を奢る。またスポーツのみハブが5穴となり、4輪ディスクブレーキ(前輪はインナーハット型ローター)を採用するなど、とても贅沢な作りとなっている。 エクステリアも空力を考慮したデザインの専用エアロパーツを纏い、特にフロントバンパーは大型化され、ベーシックグレード+70mmの全長を生み出しているほか、サイドミラーも小型化されるなど変更が施される。 機能面での強化はもちろん、速度計が220km/hスケール仕様、赤色をふんだんに使用した内装飾をとなるなど、視覚部分にまで拘りを感じられるモデルである。(赤色の内装には賛否両論あり。) また、先代では標準装備であったレカロシートはHIDヘッドライト、SRSサイドエアバッグとのセットオプション設定となっている。 1600ccの排気量で125馬力と控えめな出力、先代より車両重量が増加しシャシー性能に余裕もあることから、モアパワーを叫ぶ声も多いが、モアパワーを手にした瞬間、剛性・耐久性の面からシャシー以外の部分の設計を大幅に変える必要があり、現在の「スポーツ」の価格+αでの出力の大幅な引き上げは難しかったという見方もでき、性能・商品力のバランスを試行した結果、走り・価格面でバランスを取ったグレードとしてリリースされたと考えられる。今後高出力エンジンを搭載することも計画されているが、具体的な内容は一切わかっていない。


2008年03月31日(Mon)▲ページの先頭へ
エブリイの概要と新車値引きや中古車情報

カーセンサーで中古車を探す

エブリイ(EVERY)はスズキが製造、販売するワンボックス型の軽商用車、軽自動車。乗用と商用がラインナップされ、商用はエブリイ、乗用はエブリイワゴンを名乗る。2007年の時点で5代43年の歴史があり、軽自動車の中では4番目に息の長い車名である。



スズキからマツダにOEM供給を行っているマツダ・スクラムのバンタイプは、この車両を元に一部外装パーツの変更を行ったものである。

エブリイの値引き情報


なお、かつて大宇国民車(現:GM大宇)から「ダマス」(キャリィトラックは「ラボ」)と言う名称で生産された事がある。ダマス、ラボ共にLPG仕様もあった。



キャリイバン(1964年-1982年)

1964年 - スズライトキャリイバンとしてデビュー。

1968年 - キャリイバンとなる。

1982年 - マイナーチェンジ。キャリイの名が消滅してエブリイとなった。



初代 (1982-1985年)

1982年 - キャリイバンの後継車として登場。



2代目(1985-1991年)

1985年 - 登場。

1990年 - 新規格化で660ccとなり、丸目ライト(上級仕様は異形ライト)となった。



3代目(1991-1998年)

1991年 - 登場。ビジネスバンタイプのキャリイバンと上級仕様タイプのエブリイの2車種として販売していた。

1993年11月 - マイナーチェンジ。車名がエブリイに統一された。

1997年 - エブリイCを追加。



4代目(1999-2005年)

1999年1月6日 - 登場。

1999年6月 - エブリイワゴン追加。同時に1300cc・7人乗りとしたエブリイプラスが販売される。

1999年11月 - マイナーチェンジ。ターボエンジンには4速ATを採用し、最高出力が64馬力になる。NAエンジンは中・低速トルクなどを向上させた。

2000年5月 - マイナーチェンジ。

2001年5月 - エブリイプラスをエブリイランディに車名変更。

2001年9月 - マイナーチェンジ。全車にK6A型オールアルミDOHCエンジンが搭載される。

ATシフトレバーが、3速AT車を除き、フロアーからインパネに配置される。

ワゴンにNAエンジン仕様が追加され、ターボにはロールーフ仕様が設定される。



5代目(2005年-)



エブリイワゴン(5代目)

エブリィ(5代目)2005年8月26日 - 発売。エブリイワゴンは軽自動車初のパワースライドドアを採用。『軽のミニバン』のキャッチフレーズで販売している。

2006年12月 - 特別仕様車レザーセレクション設定。

CM曲はチキチキバンバンの替え歌を使用している。

香港では660ccのまま輸出されている。


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アルトの概要と新車値引きや中古車情報

カーセンサーで中古車を探す

アルト (Alto) はスズキのハッチバック型軽自動車。かつては同社の看板車種だった。


同社のワゴンRが登場するまでは、「軽自動車界のカローラ」などと呼ばれたことがあった。

1979年5月にフロンテのライトバンとして発売。型式は『H-SS30V』。当時、軽ボンネットバン(商用車)は物品税が無税だったこともあり、全国統一車両本体価格は47万円という驚異的な低価格で爆発的に売れた。

1979年10月、2シーター発売

1980年5月、AT発売 2段型の、トルコン式セミATであった。(1速と2速を手動で切り替える)

1981年1月、3気筒SOHC4ストロークエンジン(F5A)搭載車発売

1982年10月、マイナーチェンジ

1983年10月、4WD発売

一代センセーショナルを引き起こした初代アルトだったが、ダイハツ・スバル・三菱が続けて軽ボンネットバンを販売したこともあり、生産台数が徐々に伸び悩み始めていた。そこでスズキはアルトをフルモデルチェンジさせ、他社のモデル(特にダイハツ・ミラ)に対抗した。従来より内装の質感を高めると共に、スカートを履いた女性の乗り降りを楽にするというコンセプトの下、回転ドライバーズシートを一部の車種に採用し、アピールポイントとした。



1984年9月発売。今回から全車4ストロークエンジンとなる。一部車種に回転ドライバーズシートを採用した。

1984年12月、4WDが追加。

1985年9月、軽自動車初の電子制御燃料噴射装置(EPI)付き3気筒SOHCインタークーラーターボモデル「アルトターボ」を追加。

1985年10月、5ドアが追加。

1986年7月、マイナーチェンジ。異形ヘッドランプの採用とフロント周り及びインパネの変更を行い、軽自動車初の4バルブ化された3気筒DOHCエンジンを搭載した「アルトツインカム12RS」シリーズを追加。リアサスペンションには新開発の「アイソトレーテッド・トレーリング・リンク(I.T.L)」式リジットコイルサスペンション(実質的にはラテラルロッド3リンクコイルリジットサスペンション)をスポーティー系グレードを含む一部の上位グレードに採用。

1986年7月、コラム式2速ATとベンチシートを採用した「レジーナ」発売。

1987年1月、「ウォークスルーバン」発売。

1987年2月、「アルトワークス」シリーズ発売。3気筒4バルブDOHCインタークーラーターボエンジンを搭載し、軽自動車業界に64馬力の出力規制を作るきっかけになった。中でもRS-Rは軽自動車初のビスカスカップリング式フルタイム4WDを採用した最強のスペックを誇り、自動車業界にかなり衝撃を与えた。

1987年8月、3速AT車を発売。

回転ドライバーズシートがセールスポイントだった先代のアルトは、ホイールベースが他社のモデルと比較して小さく、室内空間で一歩見劣りしていた。 そうした問題を踏まえて、三代目のアルトはホイールベースを一気に伸ばし、当時の軽自動車の中で一番大きくすると共に、モデルバリエーションに従来のレジーナなどに加えて、両側スライドドアのスライドスリムを新たに加えた。エンジンは先に三代目セルボに搭載されたF5B型(3気筒SOHC12バルブ)を一部のグレードに採用し、それ以外はSOHC、DOHC、ターボに関わらず全てF5A型(バン、ワークスを含む)を採用。スズキ車情報



1988年9月発売。両側スライドドアのグレードも設定したが、狭い場所での乗降が楽な反面、電動式ではなかったため、「ドアが重い」と女性オーナーからクレームが多く、また短いスカートを履いた女性はドアを開けてシートを回転させて降りる際に、スカートの中が見えてしまう(スイングドアと違ってドアを開けたときに運転席が丸見えになってしまう為)という声もあり、このアルトの中で最も特徴的なモデルであったにも関わらず、ヒット作とはならなかった。このモデルからは2代目以降のマツダ・キャロルのベースモデルにも採用された。ワークスは独立車種として標準モデルのアルトとは異なるデザインになり、丸目2灯のライトにエアロパーツで武装した外観を持ちスペックに関しては従来の過激さそのままだったが、マイルドなF5A/F6ASOHCターボ車(SX系)も設定された。また、女性向けの特別仕様車としてSOHCターボ車に設定されたワークスieは後にカタログモデルとなる。後にターボF6AもDOHC化され、アフターマーケットではリビルドの「ワークスエンジン」と称し軽車両改造目的のエンジンスワップ用として流通しており、足回り関連もこの代からセルボ、キャロルへと修理流用が利く。ちなみに5ドアのアルトは、韓国の大宇国民車(現:GM大宇)では「ティコ」のネーミングでこのモデルが生産された。

1989年4月、消費税施行に伴い、物品税が廃止されると、ボンネットバンのメリットが薄れたためアルトにも5ナンバー車を設定し、フロンテはアルトに統合される形で生産終了となった。

1990年3月、マイナーチェンジ。新規格化に伴い、エンジンを550tのF5B型から660tのF6A型へスイッチ。更にフロント部分を大幅変更、リヤバンパーも大型化して新規格に対応。ワークスも、バンモデルから乗用5ナンバーモデルへと変化。スライドスリムは右側(運転席側)のみをスライドドアとし、左ドア(助手席側)を5ドアのボディパネルに変更して、1:2ドアの形をとった。また「重い」とクレームの多かったスライドドアに、パワークロージャー機構を採用し、使い勝手を向上させている。

1991年9月、マイナーチェンジ。3ドア車のドアのアウターハンドルの形状を変更(縦型→横型)。ワークスRS/R及びRS/Xのリヤブレーキがディスク化された。またレジーナが廃止された。

1992年6月、ワークスRが追加。全日本ラリー選手権でダイハツ・ミラX4Rに立ち向かう為に開発されたラリー仕様車。4WDのみの設定であり外観は特に変更された所は無いが中身はかなりの変更を受けている。まずMTはクロス化、エンジン内部には手が加えられフロントマフラーを変更、内装は軽量化の為簡略化されアンダーコートも最初から付いてない状態である。またパワーウインドウの設定もなくエアコンはオプション(ラリーの規定のNに対応するため)になり、R専用タービン、一段コアの多いインタークーラー、大型の羽のついたラジエターファン、ハイカムなど盛りだくさん。リヤシートも軽量化の為バン用のを装着、その為他のワークスは乗用車登録の5ナンバーであるのに対し、ワークスRは商用車登録の4ナンバーである。車両重量はベースのRS/Rが700kgであるのに対し20kg減の680kgとなっている。後期最終型のRには大型のボンネットフードや鍛造ピストンが奢られている。今はなきN1RCPUをユーザーが後付けすることにより本来の実力を発揮する。そのままでも90PSを誇るそのエンジンは、CPUの封印を解くことにより100PSを発生すると言われる。ちなみに白のみの車体色の設定だが競技用モデルのためドアミラーは黒になり、スチールホイールとなる。また専用ステッカーも貼られる。ワークスRはその翌年から2年連続して全日本ラリー選手権Aクラス&全日本ダートトライアル選手権ATクラスのチャンピオンマシンとなっている。

またこの3代目アルトには1991年に後部の全高を高めたモデルの「ハッスル」という個性派グレードも設定されていた。「ハッスル」には3ドアバンの他に3ドアワゴンも存在する。しかしあまりにも個性的なキャラクター故に販売台数は非常に少なかった。このような経緯から、「ハッスル」のコンセプトのごく一部がのちの初代ワゴンRのコンセプトに生かされる事となる。



1994年発売。デザイン的に先代からのキープコンセプトでホイールベースを含むボディサイズは先代から据え置かれたが、レジーナやスライドスリムなどのバリエーションは無くなり、3ドアと5ドア、そしてスポーツ仕様のワークスのみとなる。先代はベスト・アルトのコンセプト通り大ヒット作となったが、コスト削減のためか4代目は身内であるワゴンRの影響によってやや影の薄れたモデルとなってしまった。フルモデルチェンジでワークスのエンジンは新開発のオールアルミ製3気筒DOHC12バルブインタークーラーターボのK6A型を搭載する事になる。

1995年プレマイナーチェンジ。制御用コンピュータが従来の8ビットから16ビットへ変更された。

1997年本格的なマイナーチェンジ。フロントグリル、リアバックドア等のデザインの変更。

1998年2度目のマイナーチェンジ。ワークスを除く実用系グレードのフロントグリルを含むフロントバンパー等のデザインの変更。

2008年03月20日(Thu)▲ページの先頭へ
スズキ:エスクードの概要と新車値引きや中古車情報

スズキ・エスクード(Suzuki Escudo)は、スズキから発売されているSUV型自動車。1988年に登場し、ライトクロカンというジャンルを築きあげた車である。

カーセンサーnetでエスクードの中古車を探す


海外では国によって多少異なるが、初代がビターラ(Vitara)、2代目以降がグランドビターラ(Grand Vitara)の名称で販売されていることが多い。

エスクードの値引き情報


このクラスのSUVは、乗用車感覚で使われることが多いが、エスクードは一貫して強固なラダーフレームを採用している。これは悪路走破性を向上させるためである。ライバル車のモノコックフレームと比較して本格的と見るか、割り切りの悪さと捉えるかは、人それぞれである。 2005年フルモデルチェンジの3代目でモノコックボディーに、頑丈なラダーフレームを溶接・一体化した「ビルトインラダーフレーム構造」を採用。



初代(1988-1997年)



初代エスクード1988年発売当時、SUVのほぼ空白地帯であった1600ccクラスにスズキが満を持して投入したモデル。当初は3ドアハードトップだけの構成であったが、直線を基調とした斬新なデザイン、泥臭さを感じさせない乗用車感覚の内装が相まって大ヒットした。このモデルが存在しなければ、ホンダのCR-VもトヨタのRAV4も存在していなかったかも知れないとさえ言われている。



その後、投入された5ドア車は「ノマド」と名付けられ、これもまたヒットしている。



1994年のマイナーチェンジの際には、内装が従来の角張ったものから丸みを帯びたものとなり、2000ccV6エンジンと2000cc直4ディーゼルターボを積むモデルを追加した。これらのモデルではフレームとトレッドが拡大され、オーバーフェンダーの装着により全幅は広がり、前後のバンパーの大型化により全長も長くなったが室内の広さは以前と変わっていない。ディーゼルエンジンはスズキの内製ではなく、マツダから供給を受けている。またその見返りに、マツダヘプロシードレバンテとしてOEM供給を開始した。



また当時スズキがゼネラルモーターズの傘下企業であったことにより、北米市場では「ジオ」、「アスナ」、「GMC」などを通じてOEM供給されていた。



1995年には、エスクードを種車にアメリカ市場を狙った2シーターの派生モデルX-90が発売された。オフロード版のユーノス・ロードスターといった趣きであったが、商業的には失敗で日本国内では完全に珍車扱いされ、北米市場を含めて売れ行きは本家のエスクードと比べて散々なものであった。



1996年には、2500ccV6エンジンモデルが追加発売。2000ccエンジンはV6から直4となる。また、この時からノマドの名称が消滅し3ドア、5ドアという呼称となった。





2代目(1997年-2005年)



2代目エスクード初代のコンセプトを引き継いで1997年にモデルチェンジして誕生。当初のラインナップは1600cc、2000cc、2500cc、2000ccディーゼルと初代のラインナップをほぼ引き継いでいたが、2500ccと2000ccディーゼルは5ドアのみとなり、コンバーチブルは国内向けモデルからは消えた。 引き続きマツダへのOEM供給も行われたが、トリビュートの発売を機に2000年に終了する。 なお、アメリカ市場向けに2700ccに排気量を拡大、車体を延長して3列目のシートを追加し7人乗りとしたグランドエスクードが、2000年に派生モデルとして登場している。





3代目(2005年-)



3代目エスクード

H27A型 V6 2.7lエンジン2005年5月16日に8年ぶりのフルモデルチェンジで3代目に。ラダーフレームからモノコックフレーム(ただしラダー構造はシャシー下部に埋め込まれる形で残されており、スズキではこれを「ビルトインラダーフレーム」と呼称している)、パートタイム4WDからフルタイム4WDと、根本から変更となるが、HI-LO切り替えの副変速機は健在。グランドエスクードは消滅し、エンジンは2000ccと2700ccの2種類で、5ドアのみとなる。同クラス他車種のほとんどはATのみのラインナップであるのに対して2000ccのグレードだけではあるがMTを残している. 現行機種でサンルーフ付きで税込み220万円という価格は、極めてコストパーフォマンスが優れているといえる。



2006年6月12日、新グレード「1.6XC」発売開始。輸出向けのみ設定されていた3ドア車が日本市場に再投入された。これは欧州モデルをベースにしていると思われ、エンジンは1600cc (プレミアムガソリン仕様)、変速機は5速MTのみで、価格は176万4000円。ただし、5ドアモデルには装着されている副変速機がなぜか1.6XCには装着されていない。





パイクスピーク

「雲に向かうレース」とも称されるパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムに出走するためのスペシャルマシンが存在し、1994年から出走。ドライバーにはモンスターの異名を持つ田嶋伸博が起用され、また優秀で経験豊富なエンジニアとして、エスクードより前に製作されたスズキ・カルタスの時代に世界でも類を見ないツイン・エンジンレイアウトを実現させており、その能力はこのエスクードにも遺憾なく発揮されている。



1994年から参戦を始めたエスクード・パイクスピーク仕様の全てに共通することは、エスクードのデザインの面影を多少残しているものの、あくまで名前を借りている程度のことに過ぎず、エンジンのみならずフレームそのものを全て一から設計、製作された、ワンオフのレーシングカーということである。エントリークラスは、改造範囲無制限、安全さえ保障されればほとんどなんでもありのアンリミテッド・ディビジョンにのっとっている。パイクスピークの地理的特性として、山頂4000m以上の高地で行われるために酸素が薄く、登頂するほどパワーダウンの傾向が強くなるので、このクラスのエンジン出力はあらかじめ非常に高く設定されている。エスクードも例外ではなく、参戦当初から800馬力のハイパワーを誇っている。



1995年にはこのエスクードを駆る田嶋が、天候不良のためゴール地点の標高が引き下げられ、コースが短縮されたことが好影響したことなどもあり、見事総合優勝を遂げている。



また2006年には、5年ぶりにパイクスピークに参戦した田嶋が、1995年同様に天候不順のためコースが短縮された中で再び総合優勝を飾った。このマシンはツインエンジン仕様ではないが、搭載されるV6ツインターボエンジンの出力は940馬力(公称値)と言われ、相変わらずのハイパワーを誇る。



ちなみにこのエスクードのパイクスピーク仕様は、プレイステーション・プレイステーション2用のゲーム『グランツーリスモ』シリーズにも登場する(シリーズによって登場する年式は異なる)。




2007年05月22日(Tue)▲ページの先頭へ
ワゴンRの概要と新車値引きや中古車情報

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ワゴンR(Wagon R)はスズキで生産されている軽自動車規格のトールワゴン型乗用車である。

代表的な軽トールワゴンでダイハツ・ムーヴやホンダ・ライフとともに人気がある。マツダにはAZ-ワゴンとしてOEM供給されている。新型のワゴンR

軽自動車の弱点であった室内の狭さを、背を高く取ることで克服した軽の革命的モデルである。発売後すぐさま大ヒットとなった。室内高を高くするだけであれば三菱・ミニカトッポという先駆者があったが、このワゴンRは基本的にアルトやセルボモードをベースにしているものの、アンダーフロアを二重構造にし座面も高く取ることで、それまでの自動車にはなかった快適性を創造した。足を窮屈に曲げずに座れることで圧迫感が軽減し、視点も高くなることにより眺望性・視認性も向上しそれに伴って開放感も向上した。ワンボックスカーでもこれらは実現していたが、ワンボックスカーは床面が高く乗降に難儀するが、2ボックスでは床面は地面からワンステップの高さのため乗降もスムーズとなった。実用性だけでなくホビー性にも長けていたため本来は幅広い趣味を持った若年の男性ユーザー層をターゲットとしていたが優れた使い勝手で評判となり皮肉なことに老若男女の幅広い層(特にセカンドカーを望む主婦層)に受け、個性的な割りにプレーンなスタイリングや派手な機能が無いにも関わらず爆発的に売れた。評判が広がるにつれ購買層は瞬く間に拡大していった。

他車への影響も強く、この車を意識して、ダイハツ・ムーヴ、ホンダ・ライフ、三菱・トッポBJ、スバル・プレオなどが登場した。

2代目ベースではあるが派生車にサイズを拡大した普通自動車登録のソリオ(ワゴンRワイド→ワゴンRプラス→ワゴンRソリオ→ソリオと改名)がある。海外では、ワゴンRを基にしたオペル・アジラがポーランドで生産されている。

また若者のドレスアップベ−ス車としても人気があり、パ−ツも数多く発売されている。

3代目(2003年-)
型式 [MH21S]

2003年9月30日に3代目にフルモデルチェンジ。引き続きキープコンセプトではあるが、2代目で丸みを帯びたエクステリアから初代に立ち返り再びスクエアデザインとなったが、インテリアについては初代・2代目よりも質感・使い勝手が向上している。設計段階から5ドア専用設計だった。スポーツグレードのRR-DIには軽市販車初の直接噴射式ターボエンジンが搭載された。全グレードにタコメーターを標準装備する。
同じGM系列のスバルと共同開発(2003年当時)したフロントサスペンション用ロアアームを採用している。
2004年9月12日にモデルチェンジした6代目アルトが同じ車台を用いた。
2003年12月 販売台数が200万台を突破。
2005年8月 一部改良。エクステリアとインテリアを一部仕様変更。
2006年3月 販売台数が250万台を突破。5月に250万台達成記念車を発売。
2007年2月 派生モデル「ワゴンRスティングレー」発売。横長タイプのディスチャージヘッドランプや半透明フロントグリル、先端を高くしたボンネット、クリアタイプのテールランプ等、従来のモデルとは全く印象の異なる一層の不良っぽさを強調したエクステリア及び黒色基調で統一されたインテリアが特徴。エクステリアに関しては全車にエアロパーツとアルミホイールが標準装備となる。

売り上げと特別仕様車
3代目ワゴンRは3代続けてキープコンセプトだったこと、車台の後部が先代からあまり改良されなかったことなどにより評論家にはあまりよい評価はされず、また販売台数の面でもフルモデルチェンジの割に大きくは伸びず、ワゴンRより早い2002年12月にフルモデルチェンジしたダイハツ・ムーヴに2003年の軽自動車の販売台数No.1を譲ることになった。 そのためか、2004年1月には14インチアルミホイールやエアロパーツ、CD/MDオーディオや革巻きステアリングホイールを装備して価格をベース車両の税別6万円アップに抑えた割安感の強い特別仕様車を発売、後に選べるボディカラーを増やし自然吸気エンジンのみからMターボエンジン(過給圧を低くしてターボラグを減らし扱いやすくしたターボエンジン)を搭載するグレードにも同様の特別仕様車を発売したこともあり、2004年の年間軽自動車販売台数ではムーヴから年間No.1を奪還した。

2004年12月15日に行われた一部改良ではエンジンの環境性能や内装の質感が向上したほか、特別仕様車は前照灯のリフレクターがブルーリフレクター、車幅灯のレンズがブルーレンズとなり、Mターボエンジンを搭載する特別仕様車にはさらに専用のフロントグリルが与えらたほかRRと同様のフロントフォグランプを装備、価格がベース車両の税別6万円アップから税別8万円アップになった。


2007年05月07日(Mon)▲ページの先頭へ
ジムニーの概要と新車値引きや中古車情報

スズキジムニー (Jimny) は、スズキが市販している軽自動車である。車名の由来はJeepとMiniをあわせた造語から。北米発の愛称は「Suzi(スージー)」。

小型で軽量のパートタイム4WD車であり、オフロードでの高い走破性も評価されている。また、オフロード車も車台のモノコック化が進む今日にあって、今なおラダーフレームを使い続け、低級振動や重量増などのネガを克服し、強度や耐久性の面で独自性を有している。

2000年に2WD(FR)車が発売されたが、現在は4WDのみのラインナップとなっている。
新型のジムニー

マツダへOEM供給されたモデルはAZ-オフロードの名で販売されている。

また1977年に発売されたSJ20以降、普通車登録のジムニーも発売され、海外でも販売されている。海外では、輸出、ノックダウンを含め、多くの国で販売されており、現地で荷台や車体を架装したピックアップやワゴン(4ドアもある)など、ロングホイールベース車の比率も高い。車名も、「ジムニー」のほか、時期や仕向け地によって、「ブルート」、「サムライ」、「シエラ」などを使い分けている。

海外輸出と現地生産
アメリカでは1971年頃にLJ10が「ブルート」として約2000台が輸出された後、間をあけて(SJ410ジムニー1000はアメリカハワイ州にのみ輸出はされていた)1985年からSJ413ジムニー1300「サムライ」(Suzuki SJ)が販売された。
SJ413ロングホイールベース仕様はその後カナダでは販売されていた。
インドではスズキの子会社であるマルチ・ウドヨグ(Maruti Udyog)社が「ジプシー」(Maruti Gypsy)という名称で最初は日本でいうSJ40系に相当するモデル(SJ410)を、後にJA51系に相当するモデル(SJ413/413W)を ノックダウン生産している。

 日本では販売されなかったロングホイールベース車が中心であり、2WDモデルも多く販売されている。
 多くの派生ボディが存在し、4ドアワゴンも存在する。SJ413のフロントマスクは、後期になるとJA11系統のものになっている。
 また、インドで生産したSJ410を「SUZUKI STOCKMAN 4WD」として、オーストラリアへ輸出していた。

オーストラリアでは、日本でいうSJ10に相当するモデルをLJ50として、SJ20に相当するモデルをLJ80として販売された。LJ80には、現地での使用状況に合わせ、日本では販売されなかったピックアップモデルが設定されていた。
後に販売されたSJ410およびSJ413は「SIERRA」(シエラ)という名称で販売された。
ロングホイールベース車も設定され、現地メーカーによるFRPトップを装着した車両もあった。 また、GMとの提携に基づき、GMの現地ディーラーであるホールデン社(Holden)に車体を供給し、「DROVER 4WD」として販売された。スズキブランドである「SIERRA」との違いは、フロントマスクのデザインと、角目のフロントライトである。また、現地の企業のため税金面での優遇措置があり、「SIERRA」より安く販売されていた。

スペインでは、現地法人であるサンタナ(Santana Motor)が生産を行っている。SJ410から生産を開始し、現在は日本でいうJB33/JB43型に相当する1300モデルが生産され、欧州で販売されている。

サンタナで生産されたSJ410には、「SANTANA」の銘板が付けられた。また、F10Aエンジンのヘッドカバーにも「SANTANA」のロゴが鋳込まれている。
JB43に当たるモデルには、日本仕様には無いカブリオレや、ルノー製コモンレールディーゼルターボエンジン搭載車等が存在する。
 2006年モデルからフロントバンパー形状などが変更された。


タイなど、東南アジアでは日本でいうJA51型系統に相当する1300ccモデル(SJ413W)が「カリビアン」の名称で販売されている。
インドネシア製を含めたこれらのクルマは、参考出品の形で東京モーターショーに展示されている。

 ロングホイールベース車で、近年のモデルはJA12/22顔になっているが、現地の道路事情のためか、シャーシ・エンジンはそのままOHC8バルブエンジンとリーフリジット前後サスペンションを踏襲している。


2006年モデルからは日本仕様のものとは異なるバンパーが採用されている。

アジア仕様のJB43相当車(SN413-2005モデル)搭載のM13A型エンジンにはVVCが非採用。
※なお台湾には2006年6月現在ATモデルのみの販売。


2006年06月12日(Mon)▲ページの先頭へ
ラパン

アルトラパン(ALTO Lapin)は、スズキのセダン型軽自動車。アルトを元に造られているが、アルトを付けずにラパンと呼ばれることが多い。アルマイトの弁当箱をイメージした丸みのある外観や、ウサギの入った前後のエンブレム、インスツルメントパネルのアナログ時計など女性を意識したデザインになっている。マツダにはスピアーノとしてOEM供給されている。

エンジンは40kW(54馬力)の自然吸気エンジンと44kW(60馬力)のMターボエンジンがある。スポーツタイプのアルトラパンSSには47kW(64馬力)のインタークーラーターボエンジンを搭載する。トランスミッションは、コラムシフトのATのほか、アルトラパンSSのみMTが選択できる。
新型のアルトラパン