セルボ(CERVO)とは、スズキが製造・販売する軽自動車である。
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概要
元々は2ドアのボディを持つ、パーソナル・ユーズをコンセプトとした軽スペシャルティカー(のちの車種ではこのコンセプトも見直される)。
後のモデルではアルトの姉妹車と捉えられることが多いが、系譜上はフロンテクーペを始祖とする。
歴史
第1シリーズ
フロンテ・クーペの後継・規格拡大型として発売されたグループである。「軽自動車のクーペ」として、アルトやフロンテとは異なるジャンルの車種であった。
初代(1977年-1982年)
SS20型
1977年、360ccの旧規格によるスポーツカー、フロンテクーペの製造中止から数年を経てコンセプトを見直した上で、女性向けの軽スペシャルティカーとして550ccの新軽規格車としてセルボが誕生。
デザインはフロンテ・クーペの意匠を踏襲している。
ヘッドライトは女性ドライバーを意識して角型から丸型に変更、フォグランプは逆に丸から角になり、フロントグリル内に移動、パンパーの大型化、フェンダーミラーがタルボ型からスクエアなデザインに、リアウインドウがハメ殺しからガラスハッチへ変更など、大きく手が入れられた。デザインはよくカースタイリングの第一人者ジョルジェット・ジウジアーロによるものに、スズキ社内デザインチームにより手が加えられていると言われているが、事実としてはジウジアーロが元々手がけたのはフロンテ・バンに近いものだったようで、フロンテ・クーペとこのセルボは、スズキ・オリジナルデザインだったというのが真相のようである。
エンジンは、水冷2ストローク3気筒539ccを後部に搭載した、リアエンジン・リアドライブ駆動となっている。
最高出力はグロスで28馬力と数値的には物足りないが、2サイクル3気筒特有の滑らかさと、低めのギアリングの組み合わせで加速に不満は無く、また、二名乗車時、4速、25km/hでノン・スナッチで走ることができるばかりか、緩慢ながらもそこから加速もできるほどのフレキシビリティーを持ち合わせている。このギアリングは良く考えられたもので、常用域でのピックアップの良さは、快活な走りを楽しむには好都合であるが、オーバーオール レシオはさすがに低いため、当然、高速巡航では勢い高回転を多用することなり、高回転時の騒音レベルは高い。 騒音の低減と省燃費のためにも、もう一速、オーバードライブギアを、と望む声は当時から高かった。
ドライブポジションは非常に低く、フロントボンネットの中ほどまで脚を投げ出すというスポーツカー的な運転姿勢であり、基本的に2人乗りという考えで設計されていた[1]のでフロントは広く、全高が1210mmという、フェラーリなどと並ぶ屋根の低さでありながら、それほどの窮屈感は二名乗車では感じられなかった。
当時、軽自動車市場は税制面で優遇されていた初代アルトに代表される、ボンネットバンタイプに人気が集中していたことから、セルボは販売面で成功したとは言い難く、フロンテ・クーペがミニ・スポーツをコンセプトとしたのに対し、このセルボは女性をターゲットとしたパーソナルクーペへと路線変更されている。そのためにグレードはCX-G、CX-L、CXの3種類が存在し、CX-Gのみはフロントディスクブレーキを持つスポーツグレードであったがCX-LとCXは全輪ドラムブレーキであった。CX-LのLはLadies仕様を指しており、サンバイザーの裏にはバニティミラーがついていた。また室内色もCX-Gの黒に比べ、CX-Lはクリーム色となっていた。(CXは廉価仕様)
トランスミッションは4速マニュアルのみ、サスペンションは4輪独立懸架を採用しているが、低いシルエットを実現するためにそのストロークは短くされ、乗り心地はお世辞にも良いとはとてもいえない。CX-Gのインパネは、真のスポーツミニと言われたフロンテ・クーペ同様、時計を含め丸型6連メーターが壮観な70年代調のものである[2]。
海外(主にヨーロッパ)へは4ストローク1000ccエンジンを搭載した、SC100型と呼ばれる車種が輸出され、イギリスでは「ウィズキッド(WHIZZKID)」という名称で販売されていた。ただし、このモデルはエンジン以外もセルボとは異なり、ヘッドライトはフロンテ・クーペと同じ角型、などセルボというよりは1000ccエンジンを積んだフロンテ・クーペに近い。
現在でも熱狂的なファンがおり、個体によっては新車当時の価格[3]で売買されている。
1978年、マイナーチェンジを受け、前期モデルではハイバック型だったフロントシートがヘッドレスト分離型になるなどの小変更はあったが、外観的には大きな変更は無く、基本的な成り立ちは最後まで変更されないまま、後継となるモデルも現れることはなかった。結果としてセルボは、5ナンバー最後の2サイクルエンジン車となった。
SS20のエンジン「LJ50」は、日本では四輪車用2サイクルエンジンの傑作であると同時に、その最後を飾るものとなった。最後に搭載したのはSJ30ジムニー。1988年国内向け生産終了。
2代目(1982年-1988年)
SS40型
1982年、フルモデルチェンジにより2代目に移行。それと共にRRからFFへと変化した。生産性を高めるために、かなりの部品やシャシー[4]についてフロンテやアルトとの共用化がなされた。型式もフロンテと共通のSS40型となっているが、アルトのSS40V(バン)型に対し、SS40C(クーペ)型と区別されることもある。スタイリングは先代の2ドア+グラスハッチのスタイルを受け継ぎ、より女性をターゲットとしたモデルとなった。太いBピラーが特徴である。
この部品の共通化により、名前こそ同じではあるが、「パーソナルクーペ」という共通項を除いては全く先代と別の車である。 車種は先代とは異なり4ストロークエンジンを搭載した前輪駆動となる。またリアーサスペンションはアルトから派生したモデルであるためにリーフリジッドが使われていた。
派生モデルとしてピックアップトラックのマイティボーイもあった。マイティ・ボーイは合法的に発売された[5]2シーター車という意味あいもあった。なお、レディースオーナーへの対応の意味もあるのか、このモデルから2速オートマチックも採用される。
1983年にはスズキで初めてのターボモデルの「CT-G」も追加された。この車種はダミーのエアーインテークをボンネット上に持っていた。また、軽自動車で初めてドアミラーが装着された車でもある。
3代目(1988年-1990年)
CG72V / CH72V型
1988年、フルモデルチェンジにより3代目に移行。同時に4ナンバーの軽ボンネットバンのみの設定となる。引き続き女性ユーザーに訴求するモデルであり、愛称は「横丁小町」となる。
2代目セルボはボンネットバンが主流であった当時としてはなかなかの成功を得ていたが、同コンセプトでありながらボンネットバンのダイハツ・リーザの登場によって販売台数が押され気味であった。
2代目アルトをベースとして主にボディの後部を大幅に変更したモデルであり、「ウェービールック」と名づけられた、うねるルーフ形状が異彩を放つ。当モデルはCピラーが極太になっており、その付け根に「小さな翼」をイメージしたスポイラーを装備していた。ダイハツ・リーザが実用性を無視したコンセプトであったのに対し、3代目セルボは後部座席からトランクルームにかけて収納スペースを多く設けることで、実用性の高さをアピールしていた。ルーフ前半はグラストップとなっており、よりスペシャリティであることを強調している。またこのモデルは、女性バイクチームの「チームアンジェラ」がサファリラリーにエントリーし、見事クラス優勝を成し遂げている。
エンジンは、3代目アルトに先行して搭載された新開発F5B型550ccの直列3気筒SOHC12バルブを搭載し、最高出力は40馬力。アルトと共通のシングルキャブレター式の3気筒SOHCエンジンであるが、車重はこちらの方が軽く、必要十分な動力性能を持つ。駆動方式は前輪駆動とパートタイム四輪駆動の2種類で、四輪駆動は5MTのみだが前輪駆動には他にロックアップ機構の3速ATが存在した。
グレードの設定は無く、廉価版や豪華版の区別も無い代わりに、AMラジオ、フォグランプ、リアワイパー、運転席シートリフター等、アルトや先代のセルボではオプションパーツ扱いや一部グレードにしか装備されなかったものが標準装備となっている。特別仕様車としてメーカ側が選んだオプションパーツを装備して発売した「ごきげんパック」には世界初の電動パワーステアリングや、Cピラーにダイヤトーン製スピーカーが装備されていた。
発売当初はその独特のスタイルにより話題を集めていたが、ターボモデルが無い事や、Cピラーの拡大とウエッジシェイプのボディラインによってリアウィンドウが小さくなった事による後方視界の悪さ、また女性ユーザーをターゲットしているにもかかわらず、内装がスパルタンである事など、コンセプトが今一つ分かりにくいという面もあり、販売台数は伸びなかった。
1990年、軽自動車の規格変更に伴って、5ナンバーのセルボモードに後を託して生産終了となった。
第2シリーズ
セルボ・モード。年表上は連続しているように見えるが、実際には3代目セルボからセルボ・モード発売までの間には数ヶ月のブランクがある。車体のジャンルはオーソドックスな2BOX軽セダンとされた。アルトの上位モデルとしての登場、また、1989年にスバルが果たした軽4気筒化に触発されての、4気筒用モデルという位置づけであった。
1990年6月、従来のクーペボディーを捨て、軽自動車の規格変更に伴い660ccに拡大されたエンジンとハッチバックボディを持つ、「セルボモード」へと移行した。このモデルから4ナンバー扱いのバンであったセルボは再度、乗用車専用(5ナンバー)モデルとなった。また、このモデルは乗用車となったアルト[6]のハイクオリティー仕様(豪華仕様もしくはプレミアム仕様)というコンセプトである。
エクステリア&インテリアは、効率重視ではなく余裕や遊びを感じさせる一クラス上のデザインと素材を採用していた。また、丸みを帯びた優しいデザインとは裏腹に、当時のホットモデル、アルトワークスの足回りに、軽自動車として初となる直列4気筒[7]DOHC16バルブインタークーラーターボ&ピレリP700を搭載するモデルSR-Fourも登場した。当初は3ドアのみの販売であった。
ただしこのモデルは、ヨーロッパでは1000ccエンジンを搭載して「アルト」の名前で発売されていた。スズキのインドにおける合弁会社(後に子会社)マルチ・ウドヨグでは「ゼン」の名前で生産・販売が行われていた。
1990年11月、5ドア追加。CMには当時まだ若手俳優であった織田裕二を起用し人気を博す。
しかし、販売の方は苦戦を強いられる。セルボの復活自体がスバル・レックスの4気筒化に触発されての4気筒用モデルとしての投入だったが、F6Bは3気筒のF6Aに比べて燃費やアクセルレスポンス等が悪く(理由はレックスの項にて)、一方でEN07を搭載するレックス660 → スバル・ヴィヴィオには一日の長があったことから、スバルユーザーの獲得や、新たなユーザー層の開拓には事実上失敗した。
1995年、マイナーチェンジ。ホイールのPCDがこれまでの114.3mmから100mmに変更になる。同時にエクステリアデザインだけでなくインパネを含むインテリアデザインも大幅に変更される。
後にスバル・ヴィヴィオビストロを発端とするレトロスタイルブームに便乗し、対抗する形でクラシック仕様のセルボCを追加するなど、軽自動車のラインナップの多様化に伴い、大きなモデルチェンジを受けることなく長らく製造され、後に大ヒットとなったワゴンRにも、セルボモードのシャーシが流用されている。
1998年10月、軽自動車規格改正に伴う車種再編が行われ、セルボモードはアルトとカテゴリ的に重複する事もあり、カプチーノと共に統廃合の対象となり、生産を終了した。実質的な後継車種はSUV風コンセプトの軽乗用車「Kei」である。なお、クラシック仕様のセルボCは1999年に発売されたアルトCに引き継がれた。
第3シリーズ
4代目の生産終了以来、8年の歳月を経て、車名復活となった。ジャンルとしては、フロンテ・クーペや初代セルボに通じるところがあるが、パッキング性能(荷物の載せやすさ)を意識している。
5代目(2006年-)
HG21S型
2006年11月7日、8年ぶりに名前が途絶えていた「セルボ」が復活した。現行アルト等の機構部を踏襲しつつ、円弧をモチーフとした動感あるデザインで個性を演出している。全車5ドアのみ。セルボの名を付けるものの、実際には初代MRワゴンの後継と見る向きも多い。これは現行モデル開発時に「女性ユーザー向けにMRワゴン、男性ユーザー向けにセルボ」と性格を分けたためで、先代MRワゴンのワンモーションフォルムをこのセルボが受け継いだ格好になった。上級グレード車はBluetoothを用いた携帯電話のハンズフリーシステムを標準で備える。また、MRワゴンと同様にキーレススタート機能を有する。
このモデルの発売時にKeiの生産中止の情報があったが、今回発売されるモデルはKeiの後継ではない為、発売後もKeiの生産・発売は当面続けられる。
MRワゴンと同様に、2006年11月には日産自動車へOEM供給される情報が日本工業新聞等で流れたが、結果として誤報となっている。また、マツダへのOEM供給も現在のところ予定はない。
2007年度のグッドデザイン賞を受賞している。
2007年10月16日 - 直接噴射式ターボエンジンと7速マニュアルモード付きCVTを搭載[8]したスポーツグレード「SR」を追加。既存グレードについても、エンジンマウントの液状化、サスペンション改良、ボディーカラー追加などのマイナーチェンジを実施。