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アルト (Alto) は
スズキのハッチバック型軽自動車。かつては同社の看板車種だった。
同社のワゴンRが登場するまでは、「軽自動車界のカローラ」などと呼ばれたことがあった。
1979年5月にフロンテのライトバンとして発売。型式は『H-SS30V』。当時、軽ボンネットバン(商用車)は物品税が無税だったこともあり、全国統一車両本体価格は47万円という驚異的な低価格で爆発的に売れた。
1979年10月、2シーター発売
1980年5月、AT発売 2段型の、トルコン式セミATであった。(1速と2速を手動で切り替える)
1981年1月、3気筒SOHC4ストロークエンジン(F5A)搭載車発売
1982年10月、マイナーチェンジ
1983年10月、4WD発売
一代センセーショナルを引き起こした初代
アルトだったが、ダイハツ・スバル・三菱が続けて軽ボンネットバンを販売したこともあり、生産台数が徐々に伸び悩み始めていた。そこでスズキはアルトをフルモデルチェンジさせ、他社のモデル(特にダイハツ・ミラ)に対抗した。従来より内装の質感を高めると共に、スカートを履いた女性の乗り降りを楽にするというコンセプトの下、回転ドライバーズシートを一部の車種に採用し、アピールポイントとした。
1984年9月発売。今回から全車4ストロークエンジンとなる。一部車種に回転ドライバーズシートを採用した。
1984年12月、4WDが追加。
1985年9月、軽自動車初の電子制御燃料噴射装置(EPI)付き3気筒SOHCインタークーラーターボモデル「アルトターボ」を追加。
1985年10月、5ドアが追加。
1986年7月、マイナーチェンジ。異形ヘッドランプの採用とフロント周り及びインパネの変更を行い、軽自動車初の4バルブ化された3気筒DOHCエンジンを搭載した「アルトツインカム12RS」シリーズを追加。リアサスペンションには新開発の「アイソトレーテッド・トレーリング・リンク(I.T.L)」式リジットコイルサスペンション(実質的にはラテラルロッド3リンクコイルリジットサスペンション)をスポーティー系グレードを含む一部の上位グレードに採用。
1986年7月、コラム式2速ATとベンチシートを採用した「レジーナ」発売。
1987年1月、「ウォークスルーバン」発売。
1987年2月、「アルトワークス」シリーズ発売。3気筒4バルブDOHCインタークーラーターボエンジンを搭載し、軽自動車業界に64馬力の出力規制を作るきっかけになった。中でもRS-Rは軽自動車初のビスカスカップリング式フルタイム4WDを採用した最強のスペックを誇り、自動車業界にかなり衝撃を与えた。
1987年8月、3速AT車を発売。
回転ドライバーズシートがセールスポイントだった先代のアルトは、ホイールベースが他社のモデルと比較して小さく、室内空間で一歩見劣りしていた。 そうした問題を踏まえて、三代目のアルトはホイールベースを一気に伸ばし、当時の軽自動車の中で一番大きくすると共に、モデルバリエーションに従来のレジーナなどに加えて、両側スライドドアのスライドスリムを新たに加えた。エンジンは先に三代目セルボに搭載されたF5B型(3気筒SOHC12バルブ)を一部のグレードに採用し、それ以外はSOHC、DOHC、ターボに関わらず全てF5A型(バン、ワークスを含む)を採用。
スズキ車情報
1988年9月発売。両側スライドドアのグレードも設定したが、狭い場所での乗降が楽な反面、電動式ではなかったため、「ドアが重い」と女性オーナーからクレームが多く、また短いスカートを履いた女性はドアを開けてシートを回転させて降りる際に、スカートの中が見えてしまう(スイングドアと違ってドアを開けたときに運転席が丸見えになってしまう為)という声もあり、このアルトの中で最も特徴的なモデルであったにも関わらず、ヒット作とはならなかった。このモデルからは2代目以降のマツダ・キャロルのベースモデルにも採用された。ワークスは独立車種として標準モデルのアルトとは異なるデザインになり、丸目2灯のライトにエアロパーツで武装した外観を持ちスペックに関しては従来の過激さそのままだったが、マイルドなF5A/F6ASOHCターボ車(SX系)も設定された。また、女性向けの特別仕様車としてSOHCターボ車に設定されたワークスieは後にカタログモデルとなる。後にターボF6AもDOHC化され、アフターマーケットではリビルドの「ワークスエンジン」と称し軽車両改造目的のエンジンスワップ用として流通しており、足回り関連もこの代からセルボ、キャロルへと修理流用が利く。ちなみに5ドアのアルトは、韓国の大宇国民車(現:GM大宇)では「ティコ」のネーミングでこのモデルが生産された。
1989年4月、消費税施行に伴い、物品税が廃止されると、ボンネットバンのメリットが薄れたためアルトにも5ナンバー車を設定し、フロンテはアルトに統合される形で生産終了となった。
1990年3月、マイナーチェンジ。新規格化に伴い、エンジンを550tのF5B型から660tのF6A型へスイッチ。更にフロント部分を大幅変更、リヤバンパーも大型化して新規格に対応。ワークスも、バンモデルから乗用5ナンバーモデルへと変化。スライドスリムは右側(運転席側)のみをスライドドアとし、左ドア(助手席側)を5ドアのボディパネルに変更して、1:2ドアの形をとった。また「重い」とクレームの多かったスライドドアに、パワークロージャー機構を採用し、使い勝手を向上させている。
1991年9月、マイナーチェンジ。3ドア車のドアのアウターハンドルの形状を変更(縦型→横型)。ワークスRS/R及びRS/Xのリヤブレーキがディスク化された。またレジーナが廃止された。
1992年6月、ワークスRが追加。全日本ラリー選手権でダイハツ・ミラX4Rに立ち向かう為に開発されたラリー仕様車。4WDのみの設定であり外観は特に変更された所は無いが中身はかなりの変更を受けている。まずMTはクロス化、エンジン内部には手が加えられフロントマフラーを変更、内装は軽量化の為簡略化されアンダーコートも最初から付いてない状態である。またパワーウインドウの設定もなくエアコンはオプション(ラリーの規定のNに対応するため)になり、R専用タービン、一段コアの多いインタークーラー、大型の羽のついたラジエターファン、ハイカムなど盛りだくさん。リヤシートも軽量化の為バン用のを装着、その為他のワークスは乗用車登録の5ナンバーであるのに対し、ワークスRは商用車登録の4ナンバーである。車両重量はベースのRS/Rが700kgであるのに対し20kg減の680kgとなっている。後期最終型のRには大型のボンネットフードや鍛造ピストンが奢られている。今はなきN1RCPUをユーザーが後付けすることにより本来の実力を発揮する。そのままでも90PSを誇るそのエンジンは、CPUの封印を解くことにより100PSを発生すると言われる。ちなみに白のみの車体色の設定だが競技用モデルのためドアミラーは黒になり、スチールホイールとなる。また専用ステッカーも貼られる。ワークスRはその翌年から2年連続して全日本ラリー選手権Aクラス&全日本ダートトライアル選手権ATクラスのチャンピオンマシンとなっている。
またこの3代目アルトには1991年に後部の全高を高めたモデルの「ハッスル」という個性派グレードも設定されていた。「ハッスル」には3ドアバンの他に3ドアワゴンも存在する。しかしあまりにも個性的なキャラクター故に販売台数は非常に少なかった。このような経緯から、「ハッスル」のコンセプトのごく一部がのちの初代ワゴンRのコンセプトに生かされる事となる。
1994年発売。デザイン的に先代からのキープコンセプトでホイールベースを含むボディサイズは先代から据え置かれたが、レジーナやスライドスリムなどのバリエーションは無くなり、3ドアと5ドア、そしてスポーツ仕様のワークスのみとなる。先代はベスト・アルトのコンセプト通り大ヒット作となったが、コスト削減のためか4代目は身内であるワゴンRの影響によってやや影の薄れたモデルとなってしまった。フルモデルチェンジでワークスのエンジンは新開発のオールアルミ製3気筒DOHC12バルブインタークーラーターボのK6A型を搭載する事になる。
1995年プレマイナーチェンジ。制御用コンピュータが従来の8ビットから16ビットへ変更された。
1997年本格的なマイナーチェンジ。フロントグリル、リアバックドア等のデザインの変更。
1998年2度目のマイナーチェンジ。ワークスを除く実用系グレードのフロントグリルを含むフロントバンパー等のデザインの変更。